04「ヤリガイ」募集要項

未経験者歓迎!!おべんとう配送(デリバリー)アルバイト募集!

おべんとうの玉子屋は配送ドライバー、配送助手、お弁当販売員を求人しています。栄養バランスのよい日替り弁当をオフィスや工場で働くお客様にお届けするお仕事。班制度を採用しているので、未経験の方も先輩がしっかりフォローします。たくさんの「ありがとう」と笑顔に出会えるお仕事です。人と接するのが好きな方は、ぜひ玉子屋の求人にご応募ください。

配送ドライバーの募集要項

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玉子屋は配送ドライバーを求人しています。お弁当の配達・回収、集金が主なお仕事。ルート配送なので、道を覚えてしまえば簡単です。最初は先輩スタッフと一緒に配送コースを回り、お客様対応の仕方や配達のコツなどを学びます。最近はお弁当箱も軽量化しているので、体力に自信がある女性も大歓迎。未経験の方も求人中。手厚い待遇があります。

給与
時給1,300円~1,500円
※基本時給1,000円+運転時給300~500円
必要資格
普通自動車免許(AT限定可)
※必要に応じて運転技術テストがあります。
勤務地
株式会社玉子屋 本社
〒143-0024 東京都大田区中央8-44-7
交通費支給(月15,000円迄)
勤務時間
8:00~17:00(ルートによって異なります)
土・日・祝祭休み
仕事内容
運転を伴うルート配送によるお弁当の配達業務全般
その他
昼食付、皆勤・残業・業績手当てあり
社会保険完備、制服貸与、社員登用制度あり
配送ドライバーに応募する

配送助手の募集要項

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ドライバーの配送助手として玉子屋のお弁当をオフィスや工場に届けませんか。求人内容はお弁当の配達・回収、集金などです。「お弁当が足りない!」という場合も大丈夫。同じエリアの仲間と過不足を調整し合えます。土日祝はもちろん、GW、お盆、年末年始もしっかり休めます。玉子屋は普通自動車免許をお持ちでない方も求人しています。

給与
時給1,100円~1,300円
※基本時給1,000円+乗務時給100~300円
必要資格
なし
勤務地
株式会社玉子屋 本社
〒143-0024 東京都大田区中央8-44-7
交通費支給(月15,000円迄)
勤務時間
8:00~17:00(ルートによって異なります)
土・日・祝祭休み
仕事内容
ルート配送によるお弁当の配達業務全般
その他
昼食付、皆勤・残業・業績手当てあり
社会保険完備、制服貸与、
配送の仕事に応募する

お弁当販売員の募集要項

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短時間勤務をご希望の方は玉子屋のお弁当販売員の求人がおすすめ。10時から14時の間で2・3時間程度働けばOKです。玉子屋と契約いただいているお客様のオフィスビル内でお弁当を販売します。家事の空き時間を活用できるので主婦(夫)の方に人気のお仕事。ノルマはありません。顔なじみのお客様ができるので、接客の楽しさが味わえます。

給与
時給1,100円~1,300円
※勤務地、勤務内容、勤務時間によって時給が異なります
必要資格
なし
勤務地
品川、浜松町、お台場、有明、木場、川崎
交通費支給(月15,000円迄)
勤務時間
10:00~14:00の間で2~3時間程度
(販売場所によって異なります)
土・日・祝祭休み
仕事内容
契約事業所先におけるお弁当の販売業務全般
その他
昼食付、皆勤・残業・業績手当てあり、制服貸与
※勤務地、販売場所への直行 直帰スタイルあり
お弁当販売の仕事に応募する
  • 玉子屋ストーリー
  • チームワークが熱い、それが玉子屋
  • 2016年、創業41周年を迎えた玉子屋の弁当累計販売個数は3億食を突破。弁当の廃棄率は0.1%未満。この驚異的な数字をたたき出すまでに、玉子屋にはさまざまな試練と転機があった。決して順風満帆ではなかった道のりを乗り越えてきたその原動力は人間力とチームワーク。従業員全員が自ら考え行動してきた結果、今の玉子屋がある。

  • キャラクター
  • その時社長を救ったのは。
  • 玉子屋を創業した菅原勇継(すがはらいさつぐ)は、もともとは富士銀行(後のみずほ銀行)の行員だった。実家の精肉店・鮮魚店を手伝うため銀行を退職。鮮魚店を営むかたわら、とんかつ専門の定食屋を始める。すると、周辺の工場から配達の依頼を受けるようになった。銀行で働いていた経験から「これからはホワイトカラーがランチ難民になる」、そう確信した勇継は証券会社の多い東京・兜町をターゲットに、蒲田で仕出し弁当の製造・販売・配達業をスタート。「玉子屋」の屋号は、戦争を体験し、苦労を重ねてきた勇継の父・勇次郎が「卵のように角のない人生を」という思いを込めてつけた名前だった。

    しかし、弁当屋で働きたいと思う大卒の若者はほとんどいなかった。そこで勇継が目をつけたのが蒲田のやんちゃな若者達。一人、二人と声をかけていくうちに、仲間が集まってきた。そして、この若者達こそが玉子屋を変える力となっていく。今まで周りに認められた事がなかった彼らは、社長にほめられ、お客様に感謝されることで、仕事の喜びを感じるようになる。何よりも彼らの武器は、臨機応変な対応力と機動力。弁当の過不足をお互いに補い、現場の情報を収集することによってお客様のニーズを確実にとらえ、配達日の曜日や天候をもとに弁当の注文数を高度に予測する精鋭部隊となっていく。

    創業から7年が経ち、注文も売上げも順調に伸びていたその頃である。玉子屋は前代未聞の事態を起こしてしまう。それは、玉子屋の約4割の注文を占める大手企業での食中毒だった。営業停止後も従業員達は次々と去っていく。その時、勇継は「これで完全に終わった」と思った。そんななか「俺達が土下座してくるから、許してもらえたら、もう一度一緒にやろうよ」と勇継に声をかけてきたのは、やんちゃだった若者の一人だった。勇継と一緒にお得意先に土下座してまわってくれたのは、蒲田で出会ったあの若者達だったのである。従業員達の誠意や根強いファンに支えられ、玉子屋は再起を果たした。勇継は語る。「あの時あきらめなかったからこそ、今の玉子屋がある」と。

    外観 初代
  • 日本でNo.1の弁当屋にする
  • 勇継の息子で、現社長である菅原勇一郎が常務として玉子屋に入社したのは1997年。学生時代の勇一郎は、自分の父親が営む弁当屋を恥ずかしいと感じていた。もちろん、父親の会社を手伝ったことは一度もなかった。玉子屋を継ごうと思ったのは、銀行に就職したことがきっかけだった。有名企業でも財務内容が悪く従業員のモチベーションが低い会社、それとは反対に従業員が5人でも財務内容が良くイキイキと働いている会社がある。ふと、玉子屋はどうなのだろうと考えるようになった。経営者、従業員ともに楽しそうに働いていて財務内容も良く、お客様も玉子屋の弁当を楽しみに購入してくれる。勇一郎は玉子屋の魅力に気づき、次第に父の後を継ぐことを考えるようになる。ある日、その決意を勇継に伝えると、返ってきた言葉は「お客様と従業員のことを考えてやった結果で会社が潰れることになってもいいから、思い切りやれ」だった。思わぬ言葉に勇一郎は肩の力がふっと抜けるのを感じた。

    勇一郎が社長に就任したのは2004年。しかし、玉子屋の二代目社長になるというのは、そんな簡単なものではなかった。勇継と固い信頼関係を築いていた従業員達は、容易く勇一郎を受け入れなかったのである。「過去にいくら実績があっても、あなたを信じてよいのかわからない」、それが従業員達の本音だった。勇一郎は従業員一人ひとりと酒を酌み交わし、「日本でNo.1の弁当屋を目指したい」と半年かけて理解を得た。勇一郎は、ミスと無駄を徹底的に排除してITと管理者の知恵を組み合わせた「人間系システム」を構築し、社員の働く意欲やモチベーションを高める「権限委譲」などを導入した。勇一郎が社長に就任した当時、玉子屋の販売数は1万5,000食。それを4、5年で4万食に伸ばした。

    外観 今
  • 現在、玉子屋の販売数は一日平均6万食。2008年には「第2回ハイ・サービス日本300選」の一社に選ばれ、2013年には玉子屋第二工場が、翌年には玉子屋本社工場が「東京都食品衛生自主管理認証制度」を取得した。テレビにも取り上げられるようになった。それでも勇一郎は、父の勇継が持つカリスマ性だけは超えられない壁だと思っている。

  • キャラクター
  • 玉子屋は班制度を採用している。班の成績がよければメンバーの給料も上がる。この制度により、玉子屋の組織力はさらにアップした。効率よく配達し、廃棄ロスをなくすにはどうすればよいのか。正社員、アルバイトを問わず各々が自分で考え、熱いチームワークで行動するのが玉子屋流。実際に玉子屋で働く従業員の能力の高さは有名で、2、3年働いたアルバイトを大手の外食チェーンや運送会社が欲しがっているという。

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